次の 文章を 読んで、後の 各問に 答えよ。句読点 等は 字数と して 数える こと。
【ここまでの あらすじ】 日本の 文化や 芸術を 学んで いる 英国人の 「リーチ」は、「柳 宗悦」と 出会い、芸術に ついて 語り合う うちに 柳を 尊敬 するように なった。やがて、リーチは 陶芸を 学び始める。ある 日、リーチは 弟子の 「亀乃介」と ともに、柳が 立ち会う 中で、窯入れ (土を こねて 形に し、乾燥 させた 器などを 焼く こと)を した。まだ 作品を 取り出しては いけないのに、柳に 早く 作品を 見せたくて リーチは 窯を 開ける。
ガラガラと レンガが 崩れる 音が して、窯の 取り出し口が 開いた。
リーチは、木槌を 地面に 落とすと、立ち上がって、両手に 分厚い 手袋を はめた。そして、ようやく 振り向くと、言った。
「さあ、でき上がった。ついに 完成 したんだ。取り出そう、カメちゃん」
「いけません、先生。まだ 熱過ぎます。あわてて 手を 出したら、やけど して しまう。それに、そんなに 早く 取り出したら、ひびが」
A したような 顔に なって、リーチが 言った。
「手を 貸して くれないなら、私が ひとりで やる」
逸る 心を、リーチは ついに 抑えきれなかった。
じゅうぶんに 冷めるのを 待たずに、無理やり 取り出した 陶器の ほとんどは、見るも 無惨な 状態に なって いた。
焼成 する 際、無我 夢中で 窯に 火を 入れた せいで、大量の 灰が 作品の 上に 降り落ち、表面が ざらついた 仕上がりに なって しまって いた。
その ほか、ひびが 入った もの、割れて しまった もの、想像 して いたのとは まったく 違う 色に なって しまった もの。
窯の 中から 陶器を 取り出す ①《リーチの 顔を、暗い 雲が 次第に 覆って いった》。その 表情は 石のように 硬く なった。
亀乃介は、ひとつ ひとつ、作品を 地面の 上に きちんと 並べて いったが、手袋を した 手が 震えて しまうのを 止められなかった。
これは ひどい。
こう なって しまったのは〔自分の せいだ〕。
あんな ふうに 火を 入れたら 危険な ことは、わかって いた はずだ。それなのに、火事に なる 危険を 冒してまで、燃やして しまった。
窯を 開ける 頃合いも、いまでは なかった。落ち着いて、もっと 時間を かけて 開けるべきだったのに。
わかって いたのに、焦る 先生を 止める ことが できなかった。
〔自分の せいだ〕。
絶望にも 似た 気持ちが、亀乃介の 中に 広がった。自分ですら、こんな 気分に なって いるのだ。先生は、どんなに 落胆 して いる ことだろう。
亀乃介は、がっくりと 肩を 落とした。激しい 後悔が、嵐のように 胸中に 渦巻いた。
勇気を もって、リーチに 進言 できなかった ことが 悔やまれた。リーチが 北京から 帰って きて、朋友で ある 柳 宗悦の もとで 初めて 創る 記念 すべき 作品だったのに。
「カメちゃん」
リーチに 呼びかけられて、亀乃介は、うつむけて いた 顔を 上げた。
額に 汗を したたらせながら、リーチが すぐ そばに 佇んで いた。両手に、小さめの 壺を 抱えて いる。
「これを、見て くれ」
リーチが 差し出した 壺を、亀乃介は、両手を 伸ばして 受け取った。
それは、青磁の 壺だった。
見た ことも ないような 深みと 豊かさの ある、美しい 翡翠色。
表面には ざらつきが まったく なく、つややかな 肌は、朝日を 反射 して 白い 光を 放って いる。
これは。
亀乃介は、震える 瞳を 上げて、リーチを 見た。リーチの 顔に、光が 差して いるのが わかった。
柳が 歩み寄って、「どれ」と、亀乃介に 向かって 手袋を した 両手を 差し出した。そして、壺を 受け取ると、朝日が 降り注ぐ 中に かざして 見た。
柳が 目の 前に 掲げた 壺を、リーチと 亀乃介は、じっと 見つめた。
〈まるで、翡翠色の 水鳥のようだった〉。
柳の 手から、澄んだ 夏空へと 飛び立って しまいそうな、みずみずしさと 活力とが、その 壺には 宿って いた。
柳は、リーチの ほうを 振り向くと、口元に 微笑を 浮かべて、ひと言、言った。
「好いね。」
②《リーチの 顔が、たちまち ほころんだ》。
(原田 マハ 『リーチ先生』に よる。一部 改変)
(注)
柳 宗悦 民芸 研究家。「柳」も 同じ。
青磁 鉄分を 含有 し、青緑色 または 淡黄色を 呈する うわぐすりを 掛けた 陶磁器。
翡翠 鳥の カワセミの 別名、または 光沢の ある 緑色の 玉。